「なぜ、人はフィクションを求めるのか。」
というようなことを、たまに考えます。
思いつく答えとしては、
「人ひとりの人生だけでは、人の脳は全然埋まらないから。」
とか。
自分は小説を書くような人間なので、妄想・空想している時間がたぶん他の人より多いのだと思います。
調査したわけではないけれど。
妄想・空想の原動力って何だろう、って考えると「現実逃避」という単語が頭をかすめます。
現実逃避。
別に現実がつらいわけではないのに、なぜ逃避しなければならないのか。
なんか、もう、思いつきで書いちゃいますが、
人間って、何かに没頭することに対して危機感を覚えるようにできている気がするんですよね。
私だけかな?
何かに集中してるときって、自分の存在を確認することができないじゃないですか。
だから、はっと我にかえったときに、ものすごく不安になる。
自分はちゃんと存在し続けているのか、って。
ってことは、何かに集中しているその時間には、私の行動をコントロールしている(と自身では思ってる)人格は消えうせて別の私が外に出ていることに?
それはものすごく怖いことだ。
私のこの人格は、きっと私の精神のほんの一部でしかないということ。
何が言いたいのか、分からなくなってきた。
えっと、フィクションっていうのは、主に表に出ている「私」以外の「私」のために摂取しているんじゃないかな、ってちょっと思ったのです。
彼らには、彼ら専用の人生は与えられていないから。
もちろん、表に出張る「私」は日々刻々と交代してると思いますがね。
なんか、怪しい内容になってしまった。
よくわからなかったらすみません……所詮、自己満足ブログ(笑)
というようなことを、たまに考えます。
思いつく答えとしては、
「人ひとりの人生だけでは、人の脳は全然埋まらないから。」
とか。
自分は小説を書くような人間なので、妄想・空想している時間がたぶん他の人より多いのだと思います。
調査したわけではないけれど。
妄想・空想の原動力って何だろう、って考えると「現実逃避」という単語が頭をかすめます。
現実逃避。
別に現実がつらいわけではないのに、なぜ逃避しなければならないのか。
なんか、もう、思いつきで書いちゃいますが、
人間って、何かに没頭することに対して危機感を覚えるようにできている気がするんですよね。
私だけかな?
何かに集中してるときって、自分の存在を確認することができないじゃないですか。
だから、はっと我にかえったときに、ものすごく不安になる。
自分はちゃんと存在し続けているのか、って。
ってことは、何かに集中しているその時間には、私の行動をコントロールしている(と自身では思ってる)人格は消えうせて別の私が外に出ていることに?
それはものすごく怖いことだ。
私のこの人格は、きっと私の精神のほんの一部でしかないということ。
何が言いたいのか、分からなくなってきた。
えっと、フィクションっていうのは、主に表に出ている「私」以外の「私」のために摂取しているんじゃないかな、ってちょっと思ったのです。
彼らには、彼ら専用の人生は与えられていないから。
もちろん、表に出張る「私」は日々刻々と交代してると思いますがね。
なんか、怪しい内容になってしまった。
よくわからなかったらすみません……所詮、自己満足ブログ(笑)





>人間って、何かに没頭することに対して危機感を覚えるようにできている気がする
何かに没頭すべき価値がないと無意識に気付いてしまっているけど、常識に従って自己暗示かけているとも、取れるのでは?
世界が映画「マトリックス」のようなものでも、人は常識にすがって生きる。
でも素敵なのは、仮にマトリックスに騙されているとしても、人間の意識はそれを超えたところまで昇れるってところ。
それが、小説だったり、茶道だったり、救世主だったり、紙飛行機づくりだったりするんだと思う(笑)
こんばんは〜
物書きさんって、現実逃避の連続じゃないですか?
(私も含めてですが、失礼だったらおっしゃって下さい)
書いている途中で気がついたんですけれど、絵描きも帽子職人もコックも、現実逃避してその世界に没頭している気がします。
気がつくと、外界と遮断している。自分だけの世界。
ここまでは銀河さんに近い考えかもしれませんね。
ここから先も私見ですから、参考にしてもしなくても。^^
私は現実逃避に危機感を感じたことはありません。
運転中以外は。笑
そこで生み出される何かの誕生に、大きく喜んだりします。
それが自分の人格を作り上げているものだと思っていますから、現実逃避はどんどんしていこうと思います。
運転中以外は。爆
いい絵が描けなくても、面白いお話が浮かばなくても、ホットケーキが上手に焼けなくても、
「明日ならきっと、できるようになるじゃん」って、根拠もない現実逃避に入り込んでいますし。
楽天的すぎるな。私って。汗
なんかカントの哲学みたいです(まあよくわかりませんが)。
以前ニーチェの著作中と同じような趣旨の文も書いてたし、結構哲学好きなんでしょうか?
自分はお話を考えていると没頭して、外出すれば数年前までは電柱やら路駐の車やら女子高生やらいろんなものに激突してました。
危機感が低かったようです。
しかし女子高生にはぶつかれどおばちゃんはしっかりとよけたので、それはそれで本当の人格が働いていたような気もします。
ぺらぺ〜ら。
なんか難しかったので、ぺらぺ〜らに集約してみましたww
まぁ、冗談ですが。
現実逃避ですとw
あ、夢をみたくて2度寝で現実逃避ってあるなぁ。
でも、通常の空想では無いかな。
そもそも、なにが現実逃避なのかわかんないなぁ。
矛盾してる? でも、どっちも現実でさ。んーー。
んーーー。
どっちも楽しいけどな。
人生って楽しい!!!!
よくわからんコメントなので
ぺらぺ〜ら
に集約っと。
なんか、また放置してました。
とりあえず、そういう仕様ってことで(苦笑)
>銀河系一朗さん
「常識」とか「普通」とか、全否定で生きてきました。
そんなの、考えることを放棄してるだけじゃないか、って。
でもきっと、私も、知らないうちに浸食されてるんだろうなぁ。
私はどちらかというと、現実の方が無価値だと思ってる節があって……。
だから、気をつけないとこちらに戻って来れなくなるんじゃないか、戻って来たくなくなるんじゃないか、ってことを心配してるんだと思います。たぶん。
なぜ、そこまでして現実にこだわるのか、という疑問はありますが。
でもそれは、ずっと前にこちらで生きていくことを決めたので。
>たろすけ(すけピン)さん
うん、たろすけ(すけピン)さんは健全だ……(笑)
私はまだ、自分の生み出したものに対して、あまり肯定的になれてないです。
自分の中の闇を、完全に肯定しきれていないように。
ちょっと前までは、自分は自分のことをちゃんと受け入れていると思ってたのですが、どうやらそうではなかったらしい。
ダメな自分を矯正して幸せになることを、義務だと思い込んでいました。
それは、つまり自己否定に他ならないんだと、最近気づいた次第。
>そこでねこがさん
カントもニーチェも、名前しか知らないです……。
哲学するのは好きだけど、昔のいろいろな哲学者が言ったことを繰り返してるだけの輩は嫌い(笑)
「昔の哲学者が考えたことに自力で辿りつけないような人間が、哲学を勉強する意味ってあるんですか」みたいなことを、文学部の先輩に言ったりしたっけな。
(もちろん、私も間接的に哲学を知識として仕入れてたりするんだろう。)
まぁ、要はお子様なんでしょうねぇ(苦笑)
>見習い猫シンΨさん
夢見たくて二度寝……って良いですね(笑)
なんとなく、ロマンチック。
小説になりますよ〜。
どっちも現実。ごもっとも。
私が、空想・妄想と現実を分けざるを得ないのは、そうしないとたぶん生きていけないから。
休みの日とか、ゲームしたり本読んだりしてると、ごはん食べなくてもいいや、とか思ってしまうので……。
お菓子しか食べない、とか頻繁にやります。普通に体が弱ります。
ある日気づくと衰弱しすぎて布団から出られなくてそのまま餓死、とか想像に難くない(笑)
まぁ、働いてる限り、それはないですが。週休二日だし。