白い月という球に

思うまま、わがままに。適当に書き連ねる、つくりものたち。 コメント・トラックバック歓迎です♪

「なぜ、人はフィクションを求めるのか。」

というようなことを、たまに考えます。
思いつく答えとしては、
「人ひとりの人生だけでは、人の脳は全然埋まらないから。」
とか。

自分は小説を書くような人間なので、妄想・空想している時間がたぶん他の人より多いのだと思います。
調査したわけではないけれど。
妄想・空想の原動力って何だろう、って考えると「現実逃避」という単語が頭をかすめます。
現実逃避。
別に現実がつらいわけではないのに、なぜ逃避しなければならないのか。

なんか、もう、思いつきで書いちゃいますが、
人間って、何かに没頭することに対して危機感を覚えるようにできている気がするんですよね。
私だけかな?
何かに集中してるときって、自分の存在を確認することができないじゃないですか。
だから、はっと我にかえったときに、ものすごく不安になる。
自分はちゃんと存在し続けているのか、って。
ってことは、何かに集中しているその時間には、私の行動をコントロールしている(と自身では思ってる)人格は消えうせて別の私が外に出ていることに?
それはものすごく怖いことだ。
私のこの人格は、きっと私の精神のほんの一部でしかないということ。

何が言いたいのか、分からなくなってきた。
えっと、フィクションっていうのは、主に表に出ている「私」以外の「私」のために摂取しているんじゃないかな、ってちょっと思ったのです。
彼らには、彼ら専用の人生は与えられていないから。
もちろん、表に出張る「私」は日々刻々と交代してると思いますがね。



なんか、怪しい内容になってしまった。
よくわからなかったらすみません……所詮、自己満足ブログ(笑)



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